絵になる。すごい人出なんだろうなぁ。
こんな時期には絶対に行かない。
2013年4月29日月曜日
人いっぱいの上野駅周辺
上野の雑居ビルに沖縄料理の居酒屋があったので、ランチしてみた。
味はイマイチで少しなえたが、ランチビール(オリオンビール)が飲めたのでいいとするか。
上野駅はバブル時代に地上300mの高層ビルに建て替える計画があったが、その計画もすでに頓挫してしまった。
また、常磐線も東京駅に接続される計画なので、どんどんさびれる一方。
東北の玄関口だった面影は、徐々になくなるのは少しだけさみしい。
味はイマイチで少しなえたが、ランチビール(オリオンビール)が飲めたのでいいとするか。
上野駅はバブル時代に地上300mの高層ビルに建て替える計画があったが、その計画もすでに頓挫してしまった。
また、常磐線も東京駅に接続される計画なので、どんどんさびれる一方。
東北の玄関口だった面影は、徐々になくなるのは少しだけさみしい。
厚木基地
フェスティバルらしいので、行ってみた。
なんと。
運転免許証でいいと書いてあったのに、本籍地が記載してないと入れないとか。
んなバカなことあるか。
知らずにきたたくさんの人が次から次へと引き返していく。
ゲート前まできて、このザマ。
ツレがパスポートを持っていたので、ピザだけ買ってきてもらった。
帰りの運転は荒いぞ!
なんと。
運転免許証でいいと書いてあったのに、本籍地が記載してないと入れないとか。
んなバカなことあるか。
知らずにきたたくさんの人が次から次へと引き返していく。
ゲート前まできて、このザマ。
ツレがパスポートを持っていたので、ピザだけ買ってきてもらった。
帰りの運転は荒いぞ!
温泉など
広島から友人が遊びにきた。いつも平日なので、ゆっくり話をすることもできないが、今回は振休を使って3人でドライブ。
自宅用の食材を買いに行く予定だったが、ツレが急に温泉に行きたいなどというもんだから、ルート変更して埼玉の飯能市にある宮沢湖の温泉施設まで出かけてきた。まぁ、近場の入間市にコストコがあるのを発見したので、この方角になってしまったんだが(汗)
しかも、さらに近所(瑞穂市)にジョイ本があるなんて•••。
しばらくはこの方面にお世話になりそうな予感。
自宅用の食材を買いに行く予定だったが、ツレが急に温泉に行きたいなどというもんだから、ルート変更して埼玉の飯能市にある宮沢湖の温泉施設まで出かけてきた。まぁ、近場の入間市にコストコがあるのを発見したので、この方角になってしまったんだが(汗)
しかも、さらに近所(瑞穂市)にジョイ本があるなんて•••。
しばらくはこの方面にお世話になりそうな予感。
2013年4月22日月曜日
二週間ぶりに
お袋から電話があった。
何度か仕事の合間を見て電話していたが、いつも留守録に切り替わってしまうので、心配していたところだった。
いつでも連絡が取れるように渡している携帯電話だが、機械オンチな上にメール操作等、なかなか覚えようとしないもんだから、本来の目的を果たしていない。また、横になってウトウトしていることもあり、結果的に留守録に切り替わってしまうことが多いのだ。
そんなお袋からの電話は、大阪に住む親父の兄弟の長男、いわゆる叔父が亡くなったとの知らせだった。
もう80歳を超えていただろうか。確か、前立腺がんを患ってからもう何年も経つし、毎年届く手書きの年賀状も、先の年始にいつもと変わりなく届いていたので、てっきりまだまだ元気だとばかり思っていた矢先のことだったので、とても驚いた。
親父の実家は、実家から車で15分ほど走った田舎にある。俺の物心ついた頃から親父の兄弟は日本全国に散らばっていて、年に一度、盆に集まる程度だったが、時代とともにみんな歳をとり、ここ25年以上は勢ぞろいすることもなく、親父の実家はすでに廃墟と化してしまった。
大阪に住まいを構え、なかなか実家に帰ってくる機会の少ない叔父であったが、俺が親父を亡くして以来、何かと目をかけてくれていた。
お袋が大阪に行くことが難しい今となっては、線香をあげに行こうじゃないか。
いずれ、親父の実家近くにある先祖代々の墓に納骨するだろうから、その時にはゆっくりと献杯したい。
何度か仕事の合間を見て電話していたが、いつも留守録に切り替わってしまうので、心配していたところだった。
いつでも連絡が取れるように渡している携帯電話だが、機械オンチな上にメール操作等、なかなか覚えようとしないもんだから、本来の目的を果たしていない。また、横になってウトウトしていることもあり、結果的に留守録に切り替わってしまうことが多いのだ。
そんなお袋からの電話は、大阪に住む親父の兄弟の長男、いわゆる叔父が亡くなったとの知らせだった。
もう80歳を超えていただろうか。確か、前立腺がんを患ってからもう何年も経つし、毎年届く手書きの年賀状も、先の年始にいつもと変わりなく届いていたので、てっきりまだまだ元気だとばかり思っていた矢先のことだったので、とても驚いた。
親父の実家は、実家から車で15分ほど走った田舎にある。俺の物心ついた頃から親父の兄弟は日本全国に散らばっていて、年に一度、盆に集まる程度だったが、時代とともにみんな歳をとり、ここ25年以上は勢ぞろいすることもなく、親父の実家はすでに廃墟と化してしまった。
大阪に住まいを構え、なかなか実家に帰ってくる機会の少ない叔父であったが、俺が親父を亡くして以来、何かと目をかけてくれていた。
お袋が大阪に行くことが難しい今となっては、線香をあげに行こうじゃないか。
いずれ、親父の実家近くにある先祖代々の墓に納骨するだろうから、その時にはゆっくりと献杯したい。
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